エラそうに言うだけで、ひとつも百姓の身さなって考えて呉ねえ。百姓の健康はどうやら百姓の手で守る他あんめぇ

記事タイトルは私が好きな本、井上ひさし著『吉里吉里人(下巻)』からの抜粋であり、なぜ引用したのかというと、Googleによる医療・健康アップデートの騒動(!?)、そして先日頂いたメールを読んだ瞬間にパッ!と頭に浮かんだからです。

※吉里吉里人の文庫本は他に(上巻)(中巻)があります。

手紙をポストに運ぶ青い鳥(フリー素材いらすとや)

手紙をポストに運ぶ青い鳥(フリー素材いらすとや)

とある日、当ブログへのコメントをいただきました。

私はあなと同じコリン性蕁麻疹です。

私は全てのヒスタミン薬を試しましたが効果はありませんでした。

そこで私が取った方法は有酸素運動を行う事でした。

できれば室内の方がいいのですが。
まずサウナスーツを着用しボクササイズもしくわランニングなど行います。

20分程行えば汗がしっかり出てくると思います。

必ず3分事に水分補給をしてください。

最初の3分くらいは痛みと痒みで意識が朦朧としますがそこ耐え抜けば
翌日の夕方よければ深夜くらいまでは痛みと痒みはかなり軽減されると思います。

それを1週間続けてみてブログにその経過をUPしてみてください。

私はそれで症状が軽減されました。

現在私もこれを断続的ですが継続をしているでいかがでしょうか?

共に症状改善に向けて頑張りましょう。

そもそもこの内容を紹介すること自体がGoogleの格好のターゲットかもしれませんが(;´∀`)、なぜ私は掲載したのでしょうか。

スポンサーリンク

病気や体調不良の悩みを抱え込んでいる人々の嘆きの声や記録まで対象になるのならそれはそれで構いません。

えっとですね、送り主さん、私はやりませんよ(笑)。

また、読んだ方も真似してはいけませんよ。

送り主さんが自らの考えで自己責任でやることに私から意見はありません。

ただ、”共に症状改善に向けて”、という箇所には共感・賛同します。

恐らく、この方も私と同じようにいくつかの解決策を試し、それでも改善されず、自己流でどうにかしようともがいてあがいているのでしょう。

※実際、私は皮膚科で「蕁麻疹の8割は原因不明ですよ」と言われて途方に暮れたのです。それ言われた側はどうすりゃいいのさ・・・って呆然とするのみ。

この記事を公開することで私のブログが吹き飛んじゃうかもしれません(ガクガクブルブル)。でも、言いたいこと、書きたいことがあるので載せました。

Googleの発表↓

医療や健康に関連する検索結果の改善について

DeNAのウェルク[WELQ問題]がことの発端というアップデートですが、そういえば似たようなことが以前にもありましたよね、ほら、あのテレビCMの広末涼子さんが出演していたミネラルウォーターの浄化計画?でしたっけ、薬事法に抵触するとかで表示が変わった、今回も同じように視聴者、検索で情報を求める人たちに誤った情報を届けないための動きだったと思うのです。

ですから私のような医療従事者・関係者、医者でもない一般人の素人がコリン性蕁麻疹に関して書くブログも対象になっているのでしょう。

私はただ自らの症状と苦悩をブログ日記という形で残したい、また、似たような症状で悩む方が仲間(?)というか同志(?もおかしいな)というか、苦しんでるのは自分だけじゃない、他にも居るんだ自分だって大丈夫だ、って思う人がいるかもしれないな、という想いで始めました。

しかしそれ以上に強い気持ちがあります。

それは、、、怒りです。

「え?それってコリン性蕁麻疹の症状に対する怒り?」

違います。

すがる思いで助けを求めた私に心無い言葉を浴びせた皮膚科の先生に対する怒りがブログを更新するエネルギーとなっていました。※ただ今は落ち着いていますよ、いい歳した大人ですから(笑)。

明らかに薬を服用したタイミングで一気に全身に症状が現れパニック状態に陥っていた私を一蹴するような言葉、あの時のこみ上げた怒り、吉里吉里村、いや吉里吉里国のあのシーンが頭の中にフラッシュバックしたのです。

皮膚科は生死に関わるような患者は少ないはず。

緊急の治療が必要な急患などもいないでしょう。

でも、だからこそ、患者の病状に心を傾けて親身になって欲しいのです。

それなのに、はなであしらうような物の言い方をされてヒドく傷付きました。心が。

※皮膚は既にコリン性蕁麻疹でボコボコでしたので(汗)。

その時に吉里吉里人の中のセリフを思い出したのです↓。

<<いくらなんでも、人体から綿が出るなどあり得ない>>

・・・という薄情な返事が戻ってきたようである。

「全ぐ世の中の学者どもはときた日にゃ、穀潰しの、研究費泥棒の、学会の金棒曳きの、娑婆塞ぎの、看板倒れの、仲間の欠点拾いの、高等幇間の、青瓢箪の、珍竹林の、木偶の坊ばっかりよ。何故、事実は事実と認めんのじゃ。学者言うもんは事実さ対してもっと謙虚であらねばならんヨ」

タヘ湊は、相も変わらず念仏のように歌いながら己が身体から綿を紡ぎ続けている四人の娘たちを指し示し、

「この様に綿吹き病は、現に存在して居るでは無いか」

と吠えるように言った。

古橋の視線は、言うまでもないことながら、股倉の天然自然の裂傷から綿糸を紡ぎ出している娘の一挙手一投足に釘付けになっている。浜木綿子とよく似たその娘が股倉の奥からそろそろと繰り出す綿糸は、赤から黄へ、黄からコバルトブルーへとひっきりなしに色変わりする。病者を見ているというよりも、なんだか天勝一座の手妻を見物しているような気分である。

「岡山の後には明石市にもこの綿吹き病が発生したんじゃ。明石市の後、愛知県の新城市さも発生した。そして1963年にはこの吉里吉里さも綿吹き病患者が出た。当時はまだ病院は無かったのでな、村の診療所で患者ば扱がった。診療所の先生はこの奇病の発生ば東北大学医学部さ報告した。したればなんとその返事は、先刻の赤木レポートさ対するアメリカの学会のものとそっくり同じ、『人体から綿が出る事は理論上、有り得ない』って言うわけス。そごで診療所の先生は独力で調べはじめた。患者の吹き出した綿ば福島の日東紡の研究室さ持って行って分析鑑定ばしてもらった」

「ふむ。それで結果は」

「植物性のセルロース繊維に間違い無がったったっちゃ。ちまり本物の綿っしゃね。そうこうする内に、吉里吉里村さ5人も6人も綿吹き病患者が出るところば見っと、これァ一種の風土病ではあるまいか、ど言う意見が村の衆の間がら出で来た。そして更にその内に、『厚生省も、県の衛生部も、してまた大学医学部も、<綿吹き病などという奇病は理論上、存在し得ないのである>とエラそうに言うだけで、ひとつも百姓の身さなって考えて呉ねえ。百姓の健康はどうやら百姓の手で守る他あんめえ』・・・・、」

吉里吉里人 下巻(井上ひさし)第18章|21ページから22ページ

あの瞬間の怒り、まさしく吉里吉里人と一緒だ!と感じたのです。

「目の前の患者の声に耳を傾けることさえしない医者なんかこっちから願い下げだ(怒)!」時間が経って反省はしましたが、助けを求めて訪れた患者を怒らせるような医療もダメだと私は思います。

ああ、高ぶった気持ちで書いたので支離滅裂な内容になってますが(笑)、とにかく、私が言いたいのは、決して医師を信用するな、という意味ではなく、私のように心無い言葉を受けてもめげないで、諦めないで、という想いを記事にしたということです。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク